マーク・カーニー氏の導き
イングランド銀行(BOE)のマーク・カーニー総裁はかつて、「現在の世代が状況を改善する気が全くないことのツケが、将来の世代に回されるのです*」と述べ、気候変動について見事に表現しました。
欧州委員会のハイレベルコンファレンス(2019年3月)における「ニュー・ホライゾン(A New Horizon)」と題した最近の演説でも、カーニー氏は聴衆に向けて「気候変動が財務の安定にとって明白かつ差し迫った脅威に一旦なってしまえば、その時点で地球の気温上昇を摂氏2度にとどめるにはもはや手遅れかもしれません」と発言し、再び警鐘を鳴らしました。
カーニー氏はまた、逆説的に言えば、低炭素経済への移行が早期に始まり予想どおりに推移すれば、最終的に危機を最小限に食い止めることができるとも述べました。あまりにも急速な移行はグローバルな財務的安定を著しく損なう恐れがあります。そのため、気候変動により企業が直面するリスクや機会を見極められる、正確かつ時宜にかなった情報に基づいた秩序ある移行が必要です。カーニー氏はこの点を踏まえ、報告、リスク分析、および収益という極めて重要な3領域を以下の通り特定しました。
報告
カーニー氏は、市場が気候変動によるリスクとそれを食い止めるためのイノベーションを評価する適切な情報を持つことが不可欠だと述べています。
この点を踏まえ、金融安定理事会(FSB)は気候関連財務情報の開示に関するタスクフォース(TCFD)を設置しました。TCFDは投資家、金融機関、保険会社、その他のステークホルダーへの情報提供の際に企業が活用するための一貫した気候関連の財務リスク情報開示を自主的に開発しました。
時価総額が合わせて9兆米ドルとなる600を超える組織がTCFDによるこの提言を支持し、気候変動リスクに関する各々のビジネス戦略、リスクと機会について基本的に公表しています。
より多くの当局がそれを求める中、この開示が将来的に主流になることが期待されます。
TCFDによる提言に署名したICMIF会員団体はデジャルダン・グループ(カナダ)、フォルクサム(スウェーデン)、ローカル・タピオラ(フィンランド)、コーポレーターズ(カナダ)です。
TCFD支援のためのICMIFによるその他の取り組みについては下記をご覧ください。
リスク分析
気候変動は物理的リスクと移行に伴うリスクの双方を引き起こします。物理的リスクとは保有資産に対するリスクおよび取引の混乱です。そして、プライシングや保障内容をとらえたリスクモデルを構築することにより、こうした物理的リスク管理の最前線に立つのが保険業界です。
低炭素経済への突然の無秩序な移行は投資ポートフォリオに財務的影響を及ぼす恐れがあります。移行リスクには政策変更、炭素税、風評リスク、そして市場およびテクノロジーのシフトが含まれます。
収益
今後2030年までの間に90兆米ドルのインフラ投資が見込まれていますが、カーニー氏はグリーンインフラへの投資の重要性およびグリーンボンド投資ルートを通じたグリーンファイナンスの重要な役割を強調しました。
将来的には、気候および環境・社会・ガバナンス(ESG)を考慮に入れることが、投資のメインストリームにおける最重要事項とされるべきことは明白です。そのため、グリーンファイナンスへの投資をすでに実行している組織は、気候変動の結果として求められる変化や機会を顧みない組織に比べ、必ずや有利な立場に立つでしょう。
ICMIFおよび会員団体の取り組み
ICMIFと気候変動債券イニシアチブ(CBI)
気候変動債券イニシアチブ(CBI)は投資家をターゲットとする非営利団体で、その目的はグリーンボンドを通じて大規模投資を促進することです。その狙いは、気候変動による脅威へのグローバルな対応を強化するために、国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP 21)で採択されたパリ協定に従って、気候変動に順応できる低炭素経済への世界的移行を加速させることです。パリ協定では、今世紀における世界の平均気温上昇を産業革命以前のレベルに比べて摂氏2度より十分に低く保つことが定められています。
気候変動債券イニシアチブでは、唯一の国際的なグリーンボンド認証スキームを運用しています。このスキームでは詳細な「グリーン」の定義および認証のための適格基準が設定され、債券発行前後の確固とした保証システムが備わっています。認証のためには資産が満たさなければならないセクター別の要件があり、また資金が気候変動への対応を実現するために使われると投資家が確信できるように、適格基準はスクリーニング手段としての役目を果たします。
気候変動債券基準委員会には、ICMIFからショーン・ターバック事務局長が代表として参加し、私も同席しています。同委員会は、気候変動債券の基準および認証スキームの開発を管理します。毎月開かれる同委員会会合は独立メンバーで構成され、その運用資産総額は34兆米ドルに上ります。委員会は以下に関わる承認について責任を負っています。
1. 追加的セクター基準の採用などを含む気候変動債券基準の改訂
2. 認証機関の承認
3. 気候変動債券基準に基づく個別債券の認証申請
気候変動に向けたプロジェクトや資産をファイナンスするために、メインストリームの資本市場を活性化させることは、国際的な気候変動目標を達成するために欠くことができないというのがグリーン・ファイナンス部門の広く一致した意見です。
現時点のデータおよび予測によれば、気候変動がこのまま続けば、2100年**までに世界の平均気温が産業革命以前のレベルに比べて3.1°C~3.7°C上昇するとみられています。そうなれば、海面上昇、ハリケーン・干ばつ・森林火災・台風の規模と頻度の増大、さらには農業のパターン・生産力の変化および海岸線からの住民の集団移動など、地球への影響は甚大になると気候変動専門家の多くが予測しています。そのような壊滅的なレベルの気候変動を避けるためには、世界全体の温室効果ガス排出量および二酸化炭素排出量の大規模な削減が必要です。
今後2030年までに世界のインフラ投資は合わせて90兆米ドルに達すると見込まれています。CBIなどのグリーン・ファイナンス関係者らは、これらのインフラ投資が低炭素かつ気候変動に負けない強靭なものでなければならないとの点で固く一致しています。そこで登場するのがグリーンボンドです。グリーンボンドとは、主に気候変動の緩和や気候変動への適応といった環境にとってメリットをもたらすプロジェクトに対して調達資金を割り当てる、という一つの際立った特徴を備えている債券のことです。
グリーンボンドは安定したリターンと長期の償還期間を提供するため、特に長期のインフラ投資に対するような投資家のニーズ(公的部門・民間部門を問わず)に良くマッチします。
しかしながら、2018年の世界全体の起債額(1,750億米ドル)にグリーンボンドが占める割合はわずか3%でした。
2019年3月にロンドンで開催されたCBI会議の目的は、この問題に取り組み、グリーンボンドのメリットおよび重要性への認識を高め、議論を活発化させ、将来の資金調達のための新しい魅力的な手段としてグリーンボンドを検討するように主要な意思決定者らに働きかけることでした。
ICMIF会員のフォルクサム(スウェーデン)はグリーンボンドへの投資で先行しています。同社は実に250億スウェーデン・クローナ(30億米ドル相当)を上回る額のグリーンボンドをここ数年間で購入しています。その大部分は世界銀行が発行したもので、今年3月にフォルクサムは28億スウェーデン・クローナ(3.3億米ドル相当)で、世界の食品ロスと食料廃棄を対象とする債券としては初めて発行された「持続可能な開発を支える世銀債(サステナブル・ディベロップメント・ボンド」を購入しています。
持続可能な会計プロジェクト(A4S)
持続可能な会計プロジェクト(A4S)は英国のチャールズ皇太子により2004年に設立され、金融界のリーダーらが強靭なビジネスモデルと持続可能な経済への抜本的な転換のための行動を起こすように促し、財務の専門家が団結して持続可能性を意思決定プロセスに反映させることを目指しています。そのためにA4Sが取り組んでいることの一つは、投資家に向けてより詳細な情報を提供するためにTCFDの開示要件の認知度を高めることです。
ICMIFはA4Sと緊密に連携しており、A4Sが世界中に支部のネットワークを拡大する中、我々はICMIF会員団体からの代表を各国のリーダーシップ・グループに一名ずつ派遣することを目指しています。A4Sの支部は現時点で欧州、カナダおよび米国にあります。その中で最も新しい支部が2019年4月18日に発足した米国支部で、以下の組織が会員として登録されています。
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- セキュリアン・フィナンシャル(ICMIF会員)
- セールスフォース・ドットコム
- リーバイ・ストラウス
- ギリアド・サイエンシズ
- エクイニクス
- VMWare
- オートデスク
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カナダ支部会員
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- コーポレーターズ(ICMIF会員)
- BCI(British Columbia Investment Management Corporation)
- ブルックフィールド・アセット・マネジメント(Brookfield Asset Management)
- バンクーバー市
- Fortis Inc
- メトロリンクス(Metrolinx)
- マニュライフ(Manulife)
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また、ICMIFの代表らは日本のICMIF会員であるJA共済連とともにA4Sが企画したTCFDワークショップに参加しました。
近日中に新たな支部が南米とアジアに設立されることが望まれます。「Circles of Practice(A4Sの非公式の地域・部門別グループ)」がすでにブラジルとシンガポールに設置されていますが、これらは正式に支部を設立するための第一歩です。
A4SとICMIFのパートナーシップは共通の価値観と目的の上に築かれたもので、ショーン・ターバック事務局長は最近チャールズ皇太子に宛てた書簡の中で、A4Sの取り組みが地球規模で広がる中、ICMIFはより多くの会員団体にA4Sの取り組みへの参加を促して行きたいと伝えました。ターバック氏はまた、会計報告に持続可能な財務を反映させる方法があるということをCFOらに納得してもらうために、A4Sがすでに成し遂げてきた素晴らしい業績を引き続き全力で推し進める旨を、ICMIFを代表して述べました。持続可能な社会を達成するために財務コミュニティが果たす役割は欠かせないものであり、協同組合/相互扶助の保険組織はその取り組みに積極的に関与できる理想的な候補です。
気候変動債券イニシアチブのCEO兼共同創業者であるシーン・キドニー氏の言葉に「…状況を改善するために世界に残されている時間は5年、もしくは10年かもしれません。歩いていては間に合いません。走りましょう」とあります。
オークランド(ニュージーランド)で開催される次のICMIF総会(2019年11月12日~15日)の会期中、ゲストパネリストやICMIF会員団体のリーダーは、協同組合/相互扶助の保険組織が外部と提携関係を構築しつつ、より広範囲のエコシステムにおけるつながりを管理することにより、新たに生まれつつある環境および社会経済的リスクに緊急に対処する必要性について討論します。その中には持続可能な財務、そしてICMIF会員がこの分野でいかに主導的役割を果たすかについて考察することも含まれています。
*演説「ホライゾンの悲劇を打ち破る」(2015年)より
**Climate Trackerより