『毎週40円の掛金を集めて驚異的な成長を続ける!フィリピンCARD MBA』
日本共済協会 調査研究部
西尾 由
◆はじめに◆
2016年8月1~3日、国際協同組合保険連合(ICMIF)アジア・オセアニア協会(AOA)主催の会員団体訪問が実施され、この度フィリピンの会員を訪れました。
日本からはJA共済連、全労済、コープ共済連、大学生協共済連、日本共済協会、アジア・アフィニティ、日本大学 岡田太准教授の13名、その他タイ、スリランカ、フィリピン、インド、ニュージーランド、英国から9名が参加し、総勢22名が参加しました。
フィリピンのマイクロインシュアランスは、近時5年で加入者数が10倍に増える飛躍的な成長を遂げていますが、その中でも中心的な役割を果たしているのが、今回訪問したマイクロファイナンス組織「CARD MRI」グループと、その傘下のマイクロインシュアランス組織「CARD MBA」です。
◆フィリピンにおけるマイクロインシュアランスの動向について◆
【フィリピン保険委員会 マイクロインシュアランス部 Shayne Bulos氏】
フィリピンの保険監督当局の担当者からフィリピンにおけるマイクロインシュアランス普及の動向について講演がありました。
(1) フィリピンの概要
人口は1億428万人ですが、4人に1人は貧困層です。GDP成長率は5.7%(2015年度)、2050年には世界16位の経済規模になると見込まれています。また、世界で最も自然災害の被害を受けやすい国といわれています。
(2) フィリピンのマイクロインシュアランス普及実績
フィリピンのマイクロインシュアランス普及率は20.4%とアジアで最も高くなっています。(以下、タイ14.1%、インド8.9%、バングラデシュ5.1%)
近年の動向は以下のとおり。
2010年 | 2012年 | 2014年 | |
加入者 | 310万人 | 1,980万人 | 3,110万人 |
商品数 | – | 119商品 生命69 損害50 |
162商品 生命81 損害81 |
実施団体数 | 6団体 | 18団体 | 22団体 |
(3) 監督当局から見たフィリピンのマイクロインシュアランスの歴史
① 第1期:2006年以前~2009年まで
以前から、死亡や事故に対してお見舞金を給付する互助の取り組みはありましたが、無認可であり、消費者保護や実施団体の財務健全性確保の観点から懸念がありました。2006年9月にマイクロインシュアランスに関する行政通達が出され、保険料は賃金の10%以内とすること、商品内容はシンプルかつ契約書面は容易に理解できるものとすること、掛金収納方法や頻度は契約者の実情に合ったものとすること、保険金額は賃金日額の500倍を上限とすること、実施団体は最低5百万ペソ(1,250万円)の資本金をもつことが規定されました。これによりマイクロインシュアランスの信頼性が向上し、加入者も増加しました。
② 第2期:2010年~2011年
政府はマイクロインシュアランスを推進奨励し、同時に契約者保護を図っていく方針を固め、マイクロインシュアランス団体(MBA)の設立要件を定め認可制とし、保険料は賃金の5%以内、保険金額は賃金日額の500倍を上限、セット販売を制約するなど募集人資格教育や商品開発について規制しました。
契約書面の英語(またはタガログ語)表記を義務付け、保険金の10日以内支払、契約者保護と金融教育、各種経営指標について規定しました。また金融知識に関する消費者教育を推進するとともに消費者保護につながるADR制度を立ち上げました。
これら施策の結果として、2014年におけるマイクロインシュアランス加入者は3,110万人と2010年対比で10倍に増加しました。
◆CARD MRIグループについて◆
【CARD MRIグループ創始者・常勤理事 Jaime Aristotle Alip博士】
CARDとはCenter of Agriculture and Rural Development(農業・地方開発センター)、MRIとはMutual Reinforce Institute(相互支援機関)の略です。
CARD MRIグループの理念は「フィリピン国内から貧困を撲滅すること」「貧しい人たちによって所有・運営される金融組織・企業体を設立すること」です。職員数10,763人、事務所数2,304カ所、総資産294億ペソ(735億円)、負債210億ペソ(525億円)、自己資本84億ペソ(210億円)となっています。
創設は1986年に20ペソ(当時の為替レートで1ドル20セント)から始まり、古いタイプライターを買い、世界中の財団に資金援助を要請しましたが、なかなか助成金を得ることはできませんでした。
2016年6月現在、マイクロファイナンスの顧客数は360万人、フィリピンにおける世帯普及率は15%に上っています。ローン貸出残高は139億ペソ(347億円)、預金残高は103億ペソ(257億円)となっています。
私たちの事業成功の秘訣は、女性だけを対象にローンの貸し出しをしていることです。女性は家族の食事や子供の教育に必要なお金を借りるので、次の借り入れのために真面目に返済します。それが0.51%という貸倒率の圧倒的な低さに?がっています。
CARD MRIグループの金融・保険以外の取り組みとしては、女性や子供向けの奨学金制度の実施、手工芸品等の地場産業の育成、農村地域における医療提供や医薬品の出張販売、利便性向上につながる小売事業の展開を行っています。
またCARD MBAのマイクロインシュアランス加入者数は1,145万人となり、フィリピンの人口対比11%の普及率となっています。
◆CARD MBAの事業形態とセンター集会◆
【CARD MBA統括部長:May Dawat氏】
(1) CARD MBAの概要
2016年6月現在でマイクロインシュアランスにおけるフィリピン国内シェアは37%となっています。
CARD MBAは、もともとマイクロファイナンスの融資利用者が亡くなった際の団体信用生命保険として始まり、1999年に保険契約者によって運営・所有される非営利団体として正式に設立されました。MBAとはMutual Benefit Association(相互扶助団体)の略です。
CARD MRIグループに入会すると全員が強制的にCARD MBAのマイクロインシュアランスに加入する、またCARD MBAの保険料はCARD MRI職員が融資返済と合わせて集金するなど、CARD MBAはCARD MRIグループのマイクロファイナンス事業のインフラを活用することにより、効率的な運営を実現しています。
組織はフィリピン国内に4本部、10地区、49支部、1,284名の営業職員(マイクロファイナンスと兼任)を擁する体制となっています。
組織体制としては、センター集会、ユニット、エリア、地区本部、全国となります。ユニットにはマネジャーが1人、担当職員が3~4人配置されます。担当職員は1日に3つの集会を担当します。50~60センターで1ユニットが構成されます。3~4つのユニットをまとめてエリアが構成され、エリアマネージャーが配置されています。
(2) センター集会について
センター集会は近所に住む会員30人程が毎週決まった時間に集まります。集会の時間は30分~60分です。基本は週次開催ですが、出席率や利用率で評価し、運営実績の優れたセンターは月次開催が認められています。
センター集会の内容は、開会の祈り、CARDMRI会員宣誓文の斉唱、職員宣誓文の斉唱、CARD MRI歌の合唱、出欠確認、融資の週次返済および週次保険料の徴収、預金通帳の記帳、前回議事録の確認、協議事項の話し合い、CARD MRIによる教育・学習、先週までの融資申込結果と会員加入脱退状況の報告、融資申込書の提出、集金金額精査と記帳、出席率と返済率の発表、閉会の祈りです。
センター集会は、地域住民の相互コミュニケーションの機会となっており、必要に応じて、地域の問題が議論されます。また集会で各自の融資返済状況を公表することによって、会員同士のチェック機能が働いています。
(3) ビジネスモデルの特長
ビジネスモデルとしての特長は、①会員に参加・所有意識を醸成している、②推進/掛金収納にマイクロファイナンスの組織体制を活用している、③他のマイクロファイナンス団体や協同組合にノウハウを提供・共有している、④「1-3-5日支払目標制度」により民間保険会社への優位性を確保している、⑤革新的で割安かつ身近な保険商品を提供している、が挙げられます。
「1-3-5日支払目標制度」とは、保険事由発生報告を受けた1日目に請求必要書類を手渡し、3日以内に請求書類の提出を受け、5日以内に支払いをするというものです。フィリピン保険委員会では10日以内の保険金支払を要請していますが、CARD MBAでは97%の保険金支払を5日以内に実現しています。
(4) CARD MBAの商品ラインナップ
① 生命保険:週当たり掛金15ペソ(37.5円)、契約者本人およびその扶養家族の死亡・重度障害・事故死亡と交通事故による入院を保障。
<15.0ペソの内訳>
7.5ペソ(50%) | 個人別の出資金勘定へ積立 |
1.8ペソ(12%) | 事業経費 |
0.75ペソ(5%) | 責任準備金積み増し |
4.95ペソ(33%) | 支払保険金 |
② 年金保険:週当たり掛金5ペソ(12.5円)、65~70歳以降の任意の時期に年金給付開始。
③ 融資利用者団体生命:掛金は年額で融資額の1.5%。死亡・重度障害・事故死亡時に融資額まで保障。交通事故による入院を保障。
④ シニア向け生命保険:退職年齢となる70歳以上で生命保険の剰余金積立額を活用してもらう。
◆あとがき◆
フィリピン首都マニラの中心部の高層ビル街やショッピングモールの風景は、東京とさして変わりません。レストランで提供される食事の価格も今の為替レートで計算しても同じ位です。ところが空港から車を10分程度走らせるだけで、都心部にもスラムの街並みが現れます。今回の訪問したCARD MRIグループの本拠地は「農業・地方開発センター」の名前の通り、マニラから車で2時間以上走った郊外にありました。フィリピン人口の4分の1は貧困層だそうで、都心のスラムや地方の農村部の家並みは確かにあまり豊かには見えませんでした。しかしながら、CARD MRIのセンター集会に集まってくる地元の人々の表情は明るく生き生きとしており、CARD MRIグループの職員は顧客である地元の人々に慕われていることが感じ取れました。
フィリピンでは貧困層と言われていても、当の本人は明るく元気に暮らしています。その人たちの暮らしと共に歩んで、マイクロインシュアランス、マイクロファイナンスを活用して生活レベルを少しずつ引き上げていくことに、CARD MRIグループは大きく貢献しています。
マイクロファイナンスは融資をするだけでなく、起業や返済のアドバイスなどの支援をすることも重要な役割であることから、コストが高く割高な金利になるという面もあり、CARDMRIグループのマイクロファイナンスの貸出し金利は年率30%程度だそうですが、CARD MRIグループでは、融資事業で儲けた分は地域に病院を作ったりして還元しています。私はこれまで「マイクロファイナンス」という言葉とそのだいたいの意味は知っていましたが、今回は初めてその実態を自分の目で見ることができ、とてもよい経験になりました。日本の協同組合や共済団体に働く者として、海外で同じ志を持って働く仲間がいることを知る経験は、とても勇気づけられ、元気が出ました。機会があればぜひ実際に見てみることをお勧めします。
※1 当レポートは、一般社団法人日本共済協会の月刊誌「共済と保険」2016年11月号に掲載ですが、ご厚意により転載させていただきました
※2 会員団体訪問については、こちらのページもご参照ください
※3 フィリピンはICMIFによる「5-5-5 ミューチュアル・マイクロ保険戦略」の対象国の一つです